中 堅 幹 部 に 贈 る







 本資料は、元厚木航空基地隊司令増崎達矢氏が、在職中の幹部教育の体験を教訓としてまとめられたものである。



 序

 何を教えようとするのか、教える方に自分の経験を通しての「立派な人間像」があるのだろうか。もしあるとすれば、描いた人間像の重要なポイントは何と内か。 対象は幹部もあれば曹士もある。壮年もいれば青年もいる。要は、対象は何であり 何を教える心づもりか、案外この基本が解らずに訓育に励んでいる人達が 多いので はなかろうか。

自信過剰の考え方という人達があるかもしれないが、私の選んできた幹部に対する指導のあり方と悩みについて、自衛隊員という立場から 書いてみることにする。



 既製品

 統制され細部化された組織においても全部が一色では味がない。一色に染めるものは着物でも簡単なように、自衛隊でもあまり困難とは思わない。 しかし、オーダーメイドの人間を作るには優れた職人が必要なように優れた指導者が必要となってくる。例をあげればきりはない。例えば、中国の紅衛兵、 ソビエト革命後のソ連軍、ドイツのヒットラーユーゲント等、わずか1年か2年で組織し編成されるものである。

 では、平時において何をねらうか、それは枝葉末節を注意し教育するのではなく、大筋を忘れない人間性豊かな人を育てることであると思うが、 それが何か解らぬ人達が多いようだ。



計 画

 幹部の所見の中に「どうも計画性がなかった」という反省がある。仕事をやりだしながら事前の確認が足らなかったので機械が動かない。 能率を上げる為に2台の機械を必要とするが、やっと1台が可動である。作業員はだらだら遊ぶ。自分もいらいらするが仕事はさっぱり進まない。 何と言っても計画段階における適確な現状認識がなされていないからである。

 現状把握・計画・実施が一連の作業として行われるのではなく、「計画は計画」、「実施は実施」という組織もおかしいが、計画とは何ぞやの認識が 更に不足している。



まかり通るの気概

 松永安佐衛門、小林一三などという、日本の代表的企業をリードした人達の伝記などは必ず読みなさい。教えられることが多すぎて困るけれども、 まさに「まかり通るの気概」に満ち満ちている。

 起案文書の2、3枚を持って若い頃から廊下をうろちょろする暇があったら、さっと書いて叱られて、早く直してまた持っていく。くどくてもかまわない。 叱られてもかまわない。どんどんやって御覧なさい。廊下でうろちょろするよりは自然に自身もついてくる。

 とにかく若い間は「まかり通るの気概」が第1である。叱られてあたり前。叱られずに成長するはずがないよ、人間は。



信賞必罰

 よく「信賞必罰」といわれるが、これは、ある種のことが起こってから騒ぎ出すように受け取られる。

 その前の段階はないのだろうか。例えば、被服点検をやる。立派に手入れし官品愛護の模範生もいれば、だらしないのもいる。そんな場合、次の交換日に どんな配慮がなされているのだろうか。単に、交換日が来たから順次交換されて行く。もっと模範生を優先するとか、だらしない者には模範生の古物を 配布するとか、何か信賞必罰はあるはずである。

 仕事を与えても、ろくにできない。遅い。こんな人達にも同じ事があてはまる。帰隊時刻に遅れたとか、ちょっとケンカしたくらいの時にしか信賞必罰の 論議が出ないのは、幹部の勉強不足と受け取られる。



初動全力

 飛行機が離陸するときは、エンジンも全開に近い。だいたい、離陸できなければ飛行機ではないのだから。幸い、航空部隊に勤務できる我々は、 その考えで仕事を処理してはどうだろう。初動の成否は、救難であれ事故処理であれ、最重要であると考える。

 ぼんやり始めた仕事がうまくいくはずがない。やはり初動全力という鉄則で勤務することが大切である。初動の悪さは何につけても後々までの処理の 悪さを知らされる。事が起こったら、必ず体を動かしなさい。なるほど電話も便利だが、近い所は自分の目で確かめる必要がある。

 「百聞は一見にしかず」

 何かにつけて、航空部隊の体質を考えながら勤務したいものである。



病 気

 1日ぐらい休んで、翌日は「どうも休暇ありがとうございました」と来る。1日や2日の休暇で治るものなら「休まなくたって」治るのではないかなあ。

 私の考えは無茶苦茶かもしれないが、病気した人には見舞いに行く。ご丁寧に花束持って。またこれがあたり前のこととされている。見舞いに行く人も 病人もまことに自然とされているが、私はどうも、元気でバリバリ仕事している人の方が花束をもらえる有資格者と思えてならぬ。

 規律違反をする。分隊士、分隊長はそんな隊員ばかりに目が向いて、善良でよく働く人の世話をしない。ここにも不満の要因はある。お互いに注意すべきと 考える。



安 全

 「身体髪皮これを父母に受く。あえて殺傷せざるは孝の始なり」

 15年も前だったか、館山の隊長時代に安全標語として隊舎全部に、便所といわず、教室といわず、貼ったことがある。そのころから安全月報も整備され、 次第に立派となってきたが、やたらに「安全」の文字が多すぎる。一言も「安全」と言わずに身にしみる表現はないものだろうか。

 それは一つに掛かって日頃の統率と思い努力するが、なかなかそれができない。やはりあらゆる業務を通じて訓育をやり、安全を指導することが第1と考える。

 何か、訓育係、体育係、安全係と分離していくことにみんなで隊員を指導しようという気迫が薄れていくようである。



財産について 

 この飛行機は誰のものだ。国有財産です。では、君の隊の司令は何だと聞く。「さあ、使用責任者ですか。」明確には解らない。 「航空隊司令は供用部隊の長だよ」と説明する。使用している国の財産。施設にしろ、自動車にしろ飛行機にしろ、案外法的根拠を知らなすぎる。 だから、何をどんな型で要求し、さらに実現の可能性を判断するかができないのではないか。

 何も、法、法の連続で仕事をやれとは言わないが、幹部だったら法の手続きくらいは勉強しなさい。

 自衛隊法はもともと、法により設定されているのだから。



袋のねずみ

 モルトケの戦術ではないが、攻撃の際には決して対手を袋のねずみにはしない方がよい。「窮鼠猫を噛む」の例え通り、仕事でもこれに似たことはよくあることだ。 この方法も駄目、具体性が無い、どうするのだ方式のやり方は、部下の逃げ場を無くし発想を支離滅裂にする。何とか逃げ道を与えて発想転換の糸口を作る。 そしてその糸口から新しい方法を模索する。リーダーはこれくらいの余裕は持ちたいものだ。もちろん逃げ道を作ってやっても糸口すら掴めない部下もいるから、 そんな時はやむを得ず1から10まで丁寧に教えるなり、書いてやるなり、基本からやり直させる努力をせねばなるまい。

 リーダーとは、下から見るほど暇でない。



休暇を取る

 時間管理の判を取る。先任海曹、分隊士、分隊長、○○○副長と、五つも六つも判がいる。一つ一つもらわなければならない。半日の休暇に半日仕事も しないで判廻り。こんな馬鹿げた話があるものか。

 海士は先任と分隊長、幹部は隊長と副長、二つももらえば十分と考え、それを実行した。決められた処理は後でも良い。うろうろしている人間の大半は 休暇の判の持ち廻り。計画性を求めるなら「ちゃんとした手続きを一人の人間にやらせればよい。」と思う。

 突発的な要件、不幸等は年に1回か2回と思う。あとは身体に気をつけて運動に励み、病気などはしないような注意が必要なだけ。

 休みながら仕事するのではなく、精一杯働いて休養するのが我々の立場と考えて もらいたい。



狭いということ

 狭い。机が置けない。ロッカーが要る。机は、書類を書くため、その他勉強する為に要ると思うが、それは物置であり、茶卓であり、時には将棋の台である。

 幕僚なら毎日机もいるだろう。ところが大して書類も無く、書くこともない人が机を欲しがる。それは単に人が持っているから私も要るという。 子供心の表れでしかないようだ。事務所の広さについても同じようなことがいえる。整備員の半数近くが机を持ち、搭乗員の大半が机が要ると主張する。 ほう炊所で机の要るのは、4、5名しかいないが、搭乗員だって整備員だって同じゃないか。

 いねむり場の机ならソファーを買った方が良い。



やればできる

 予算が無い。でもこれだけは是非やりたい。人はいる。頭もある、道具もある、何とか部隊で出来ぬものだろうか。

 「やれば出来るよ」ほとんどのことが、水道がポタンポタン、壁に曰く「修理請求中」。自分の家で水が漏れる。貼紙して待っている馬鹿がどこに居るだろうか。 こんなことが良く見かける光景である。笑ったって始まらない。とにかく常識がないのだから。

 幹部とは、貼紙せずに部下に仕事をさせるものですよ。誰に見せる貼紙かと少々頭が変になるときもある。



英知を集める

 組織があって使命がある。使命を果たすための良い方法を模索する。これは組織にいる人達が全員考え、悩むことであるが、方法論といい発想の原点に おける現状把握といいすべてリーダーにまで通じることが大切である。少なくとも方法の決定権者であるリーダーは材料となる情報の確保が方法論の分析検討 と同様に重要であることを知らねばならぬ。

 「さて」どうするか、情報の提供者は種種雑多であり、馬鹿もいれば賢い人もいる。ここで必要な情報を適確に把握するために要求されるものは リーダーの包容力であると思うが、何となく堅さが取れない。組織にこだわる等飄々とした人物の少ないことが悔やまれる。組織において英知を結集する 努力の中に「飄々」とした風格のリーダーも又必要な条件の一つである。



組織的に考える習慣を

 工学的に物を考えるシステマティックな発想、次の時代にはこれは重要です。公害の問題一つを見ても「やれ石油産業」という「わっとこれに突っ走る」。 10年経つと何だと騒ぎ出す。廻りを見ずにシスマティックな発送もなく地域開発を実施した例であろう。

 文章についても同じである。文章工学的な発想は無いものだろうか。少数の語句の組合せ、材料の提供等もっと工学的に書く方法はないものだろうか。 抽象的な表現の連続、美文の模写この程度が各種課題の答申である。

 もっともっと頭の良い連中が出て解決してもらいたい。人材不足の世の中なら教育して育てることに努力する。もう自衛隊も20年の歴史を持った組織だから。



交友の範囲

 我々の一生には限度があり、知り得る範囲もその人の行動半径とか、配置によって制限される。「ではどうするか」判断となる情報の収集と経験の不足を 何で補うか。前にも書いた多くの人に会いなさい。多くの本を読みなさい。限度があり、制限のある人生で昔のことも、今のことも、見たことの無い土地の風習も 伝統も他人の考え方、その他もろもろのことをとにかく交友の範囲を広げる本という媒介物で。

 若くて経験が不足している「何を言うか」本を通して他人の経験を盗み取れ。本を読むのは習慣であり、先ず本屋に行くことが先決である。 暇があったら本屋に行け。これが近道と考える。



責任の明確化

 例え部下であってもその本人が良く考えしかも決定して彼等の部下に伝えたことは、尊重する姿勢が必要である。ややもすると俺はそんな指示はしないとか、 なぜ相談しなかったかと言いがちである。一度決定し、部下に伝えたことを上級者の圧力で変更することは、その部下達にとって大きな不信感を抱かせることに なり、決して良い結果にならないと思う。

部下だって馬鹿ではなかろう。相談する必要がある場合は相談もするのだからあまり細かいことで一度出した命令を変えないような配慮が必要である と同時に日頃から責任の範囲を明確にして部隊を育成すべきと思う。



中途半端

 仕事を中途半端にする人が多い。なぜ徹底的にやらぬのだろうか。「いざというときはやれるものだよ人間は」という人もあるだろうが、私にはそうは思えない。 短期間のことならその人間の質と器用さで何とかしのげるが、長丁場の試合では猛練習が物をいう。きわめて簡単なこんなことに気がつかぬのか、 それとも親方日の丸の悪習が身についているのだろうか。

 とにかく中途半端な仕事をする人が多いのが残念だ。何をやるにも徹底的にやる習慣は必要だよ、長い人生では。



逆の発想

 急ぐ仕事は忙しい人にやらせろ。突然、通常業務以外のことが発生する。誰かに割り当てなければならぬ。まあ誰が暇かと廻りを探す。こんな光景は 良く見るものだ。でも、私は反対の道を取る。とにかく急ぐ、だから忙しい人では仕事のペースが違うと思う。忙しい人はそれなりの仕事の中で割り当てを考える。 結構その本人のペースで仕事は出来上がる。暇な人とは先ず仕事は遅いと考えてよい。頼りにならない人は暇をもてあます。



資料の整理法

 資料を欲しがる人がいる。やたらと資料を集めては整理する。毎日毎日これの連続である。年末が来る。転勤になる。箱に詰める。持って行く。読まない。 資料とは決断のために必要なものであり、先に言ったとおり、資料はあくまで資料であって行動を伴う場合は暗記が先決である。資料の整理は総務班長なり 資料班長なりその所掌の人だけで十分ではないか。他の幹部は、その得たデーターから何かを導き出す努力が必要である。

 どこでも書類があり過ぎる。そしてその資料整理に人がかかり過ぎている。だから必要な時に必要な書類がサッと出てこないのだ。

 小さな隊なら、書類係か資料係が一人いれば十分にやっていけるはずなのに、机の数だけ人間を置く習慣があるようだ。



人に接するテクニック

 よく新聞記者に会うが、報道の自由とやらや、また、あまり丁寧では記事が取れない。時間にも問題がある等々、いろいろと理由はあろうが、気にさわる 発言等が感じられることが少なくない。

 私はいつも記者の方々に「お年はいくつ」と聞いてみた。次は「何の目的ですか、取材は」など極めて丁寧に自分の方から質問した。取材意識の強すぎる人に 人間らしさを取り戻させることである。

 部下と話す場合にも、若干これに似たテクニックが必要である。不平の多い部隊では、機先を制して発言するか、必要なことを全部聞いて発言するか、 とにかく二度三度と同じことを繰り返さねばならない。



副官とは

 社長は車で居眠りをする。秘書は書類に目を通す。何か聞かれる。即座に返答が出る。これが会社の習慣である。もちろん大筋は社長がやっている。 細かい数字と資料の整理は秘書がやる。

 日程はどうか、会う相手の出身は、要件は、時間は、どこで・・・・。あたり前のことがなぜ出来ないのだろうか。やはり日頃の修練が不足しているのだろうか。 部隊の予算、拡張の構想、隊員の出身大別、病人の数など数え切れないが、これは監理幕僚とか副官の仕事と考えるが、自分の仕事の解らぬ人が多すぎる。

 副官とは、玄関番でもなければドアーマンでもないはずだが。



ちぐはぐ

 消しゴムの数が多すぎる。一度書けば済むことを、消したり書いたり。頭とペンがちぐはぐになっている。仕事のうえでもよく見かけるが、リーダーの頭の中が 整理されていないから、やってみたり、やり直したり、働いてみたり、遊んでみたり。外から見れば何をしているのか解らない。

 ちぐはぐとは全くよい言葉であるが、周到な準備と計画は中心になる人がしっかりしている時のみに可能である。

 どうも、ちぐはぐな幕僚の数も多すぎるようだ。



あだ名の数々

 面白いあだ名がある。次に例記してみよう。


  アラカート(一品料理)
   単純な発想でバネがなく、複雑な仕事となると逃げ出すタイプ。

  綿あめ機械
   大きな平板い粗目を入れる。もちろん粗目は砂糖の安い方。とにかく足で踏
  みつける。白い綿菓子が出来上がり。割り箸で取り上げ上に捧げる。(無茶に
  下を踏み台にする人)

  瞬間湯沸し
   大した事でないのにカッとくる。しかしながら善良なのだろう、すぐ冷静に
  なる。

  サンデー頭
   読む本が何か知らない。でも発想は常に週刊誌程度(サンデー毎日)。雑学
  であり、内容が無い。

  アボガ頭
   種が一つしかない南方の果物。一度に二種類の仕事は無理な人。


 どうか、この様な人にならぬようお互いに注意したいものですね。



記憶せよ

 指揮官集合がある。幹部会報がある。とにかく十人中九人までがノート持参である。わずか30分やそこらの会議なり会報で何を書くつもりだろうか。 書くことも仕事でありメモをする事も仕事だからあえて責めはしないが、必要でもない落書きなら別の時にでもやったらどうだ。

 隊長が発言する。隊員の一人一人がメモを取る。ノートに書く。こんな事は大学だけでたくさんだよ。教授が発表し講義する。学生は無味乾燥にノートに 書き込む。 こんな教育をやっているからとんでもない学生が育つんだよ。隊でも同じようなことがある。伝声管のような幹部がメモしてきたことを先任集めて メモ取らせる。こんな部隊が良いためしがない。

 まず、頭の中に叩き込まなきゃ、メモやノートでは向上は期し得ぬものと知ってもらいたい。



着任の心構え

 新しい部隊に着任する。「何も解りませんからよろしくご指導を」という挨拶がある。中年の男がこれで良いのだろうか。

 少なくとも大人なら次の転勤についての予測はつくし、一週間前には発令になる。着任前にする仕事はないのだろうか。申し継ぎ以外には私はあると 答えない。一つ着任先の業計を調べる、予算を調べる、総員名簿を見る等転勤は仕事の区切りであり又新しい仕事への挑戦である。女房の言うことを聞いて 荷造りに励む様なリーダーは、次に行ってもどうせ大した仕事は出来ないのではないか。

 旧海軍の良い処も少し位は知ったらどうだ。悪い処ばかり真似して。



三十代を無駄にするな

 階級が1尉になる。部下も次第に増してくる。さて、教育訓練とか言って自分のやる仕事を人にさせ、適当にお茶を濁す。

 こんな連中が幕僚になり、長期に物を考える。とても無理だと言いたい。ましてや格調高い文章など書けるはずは無い。唯書いたり消したり消しゴム会社への 奉仕は出来るだろうけど、一番大切な時に勉強もせず、語学も出来ず、体力の維持程度にやるゴルフに精を出す。こんなことで良いのだろうか。

 定年は延長の時代だし、もっともっと勉強し身体を練磨し笑われないリーダーになるための努力をしなくてはと考える。



迅速ということ

 「拙速は、巧遅に優る」と言うことがある。非常に良く出来たが、タイミングが合っていない。何か考えている間に仕事は終わってしまった。こんな経験のある人は 多いだろう。若いうちは、仕事が早いをモットーとしなさい。経験をつみ失敗を繰り返している間に段々とうまくなる。若いうちから仕事の遅い人は年を取っても 同じだから、とにかく速くやる習慣をつけることが第1である。

 時間のない仕事なんてないんだよ。急いで行っても汽車に乗り遅れは何もならぬ位は解っているはずだから。



にんじんの話

 人が足らぬ。忙しくてとてもできぬ。こんな会話もよく聞く話題。なぜ忙しいのだろうか。多くの場合知恵が無いから烹炊員が忙しい。仕込みが大変だ、 よく見ればニンジンの大きさが一定でない。大もあれば小もある。包丁を使う。使う方は選り分けに忙しくて切る方は遅れている。一定の大きさのニンジンは 調達できないものだろうか。仕様書に寸法を書いて。これは可能である。次から烹炊員は包丁を使う時間が長く、手も省ける。

 仕事とはこんなものだよ。忙しさを克服する知恵がなくてはとても大変。細心の指導とはこんなものかな。



統率の限界を知る方法

 何かの作業がある。作業員等役員の割り当てがある。そんな時、何となく断る事を仕事としている様な分隊長が多すぎる。やれ・・・・の作業があるから 出来ません。何時間残業したから何時間特別外出なんてくだらない計算なんか止めたらどうだ。まず、場合によっては自分の指揮する分隊員総員で 引き受けてみてはどうだろう。確かに忙しいかもしれない。勿論、部下からの不平もあるだろう。しかし、自分の統率力の限界を知るための十分尺度となり、 次々に困難なことをやろうとする分隊教育になるから断るよりも可能性の追求をしてはどうだ。



ニュースとは

 米軍機が墜落する。何だ何だと騒ぎ出す。でも米軍は発表しない。墜落の原因も搭乗員の氏名も一切ノーコメント。何故か。これには我々と違った社会に生きた 習慣がある。まず、事故について両親なり、家族に知らせる。その確認が終わった後に発表する。これが本当の人権ではないだろうか。

 事実が知らされる前に遺族が新聞かテレビで知ったらどうだろう。軍への信頼感は落ちるばかりか、家族に対しても失礼である。

 自衛隊でもこれに似たことは常に起こっているが、どうもテレビが早過ぎる。隊員をあずかっている以上これ位の配慮は出来ぬものだろうか。 もっと報道機関に正しく接する方法はないものだろうか。考える必要がある。



業計について

 この1年間何をするのか、それは教育訓練等計画に示されている。ところが中堅幹部で少なくとも一ヶ月1回位これをテェックしフォローしている人が何人 いるだろうか。

 随分前の話だが、3佐の人で1回も見たことがないと答えた人がいた。なんたる人だといいたい。よくも進級したなあと心から人事の無謀を知った。 会社ならそうは出来ない。年間の販売計画、生産計画、その他、長と名のつく人は皆知っている。若し、知らないようなリーダーに月給を払っていれば 当然その会社は倒産だろうから、もっと真剣に自分のやるべきことを知っている。



人・物・金について

 よく会社の経営で人・物・金ということを聞く。自衛隊でも全く同じだが、要は幹部が人と物をよく把握し、知っているのに金について案外知らな過ぎる ということである。

 予算の流れ、予算科目、その他ちょっと勉強すれば解ることを昔からの伝統か何か知らないが「俺は金のことはわからない」と平気でうそぶいている。 リーダーになって金のことが解らねば会社は即刻クビになる。

 金はあらゆる計画のために必要であり、予算なくては自衛隊は動けない。この一番大切なことをなぜ「わからない」で済ますのだろうか。 もっと勉強してもらいたい。



奉仕について

 定年が近い。今まで部隊で威張っていた人が急に低姿勢になる。これはその本人が必要以上に背伸びしていたからではなかろうか。我々自衛隊員は 社会への奉仕を第1とする位は解っているはずである。だとすれば、部隊の中でも常にその気を失ってはなるまい。

 叱る、励ます、仕事を強要する、色々のことがある。しかし、その根底には奉仕と善意が必要である。



幹部の着任教育

 鹿屋ではこうであった。八戸ではやり方が違った等転勤者の口癖である。確かにその話はわかるが、部隊が違い、指揮官が違えばやり方に相違のあることは 当然のことであってむし違わない方がおかしいのである。即ち部隊の生い立ち、環境の相違、人員の構成等部隊には部隊の伝統があってしかるべきである。 そこで、幹部が着任したら隊長自らが折につけ、暇につけ部隊の方針なり、歴史なりを徹底的に教育する必要がある。

 新隊員に対する教育はあっても、幹部に対する新着任教育がなされていないのは不思議と思わないのだろうか。ただ、私は私なりに幹部にはそれだけの 教育をしたという誇りがある。



めくら印

 印を押している。何か解らないと独り言をいいながら。そんな印なら押さぬ方がいい。斜線を引いてパスすればどうかと思う。印を押すなら押すらしく、 内容くらいは覚えてしまえと言いたくなる時がある。印が押してあるので内容を聞くと、全く解っていない場合が極めて多い。わずかに起案者だけが 知っている程度。印の整理も簡素化の一つだが、内容のない書類が多すぎるのも事実であろう。

 総務班長、しっかりせよ。



計画性とアプローチ

 仕事にかかる前の状態が極めて悪い。何かを命ずる。「はい、やります。」ここまでは誰でもできる。さて、何の目的でこの仕事を命ぜられたかなあ。 目的の確認もせず、とにかく何かをやろうとする。全く夢遊病者的発想であると言われても仕方あるまい。

 命ぜられた仕事の分析もせず、目的も解らずやろうとする。また仕事へのアプローチの方法も極めて悪い。とにかく何か訳の解らぬことをしている。 仕事とは目的を確かめてから掛かるものであり、アプローチとは目的達成の手段として最も効果的にやろうとする何と何をいかに考え、いかなる方策を 立てるのかの前提である。

 勉強不足な幹部は自ら降任の手続きをとったらどうだ。



デザイナーとペンキ屋

 内容なんか何でもよい。トラペンに色を塗る。よその隊のトラペンが綺麗だから、もっと綺麗に書けないかなあ。そんなことでいいのだろうか。まず内容の 研究に十分な時間をとれ。ペンキ屋なら曹士で十分教育できる。

 デザイナーとペンキ屋では給料が違う。案外それに気がついていない。ペンキ屋はいくらうまくても安月給で雇えるよ。要は内容だ。 トラペンの字が綺麗になるにつけ、内容は落ちていく。そんなことに気のつく幹部は多いはずだが。

 画を見るために会議に出席しているのではないから、質を尊んでもらいたい。



同じ事を二度させるな

 一度目は軽く聞き流す。二度目はうわの空。切羽詰って書き換える。こんな人に仕えた経験を持つ人は多いだろう。仕える人こそ迷惑だ。 常に大筋を把握してビシッビシと指示できないものだろうか。無駄と無理は部下のやる気を損なわせ、結果は無能な人を育てることになりかねない。 よく反省すべきことである。もちろん、ビシッビシッと言う人は仕事には厳しいと思うが。

 「良将のもと弱卒なし」とは古今の名言であると考えながら反省したいものですね。



型あるものを作らせろ

 模型飛行機を作る。自動車を作る。子供の頃から創造する喜びを知っている。人間の本能かもしれない。これがあってこそ歴史を作るより、よい社会を作る。

 幼い人達に無形の成果を求めるのは酷である。先ず隊員には型あるものの創造を求めよ。これは真剣に取り組むから、新しい事を思い切ってやらせよ。 困難かもしれないが、無駄な繰り返しより生き生きとした仕事をする。

 無形の仕事は大脳が必要であり、疲労も多い。案外こんなことも解っていないと思うと、つくづく残念な時がある。



電話が長すぎる

 必要なことは何と何か。電話をかけながら考える。こんなことが日常茶飯事では、全く先が思いやられるし、回線はいつも話中音となる。十年前の話だが、 専用通話料が約4億という時代があった。一人にして1万円也の電話料金ですよ。私は開いた口が塞がらなかった。当時我が家の電話料は家族3人で わずか年1万円位だったから。

 電話のかけ方もまた平素から訓練する必要がある。弾丸の下で長話できるほど、度胸のある人間は、なかなか育たないから。

 手近なことから始めなさい。



人権ということ

 悪いことをする。チームに反することをする。罰する。これは極めてあたり前のことと思うが、やれ人権とか、やれ裁判とか、当事者のみが知ることをどうして 他人が介入するのだろうか。

 裁判官も大臣も自分の子供ぐらい殴ったことはあるだろう。もちろん訳のわからぬ暴力は否定すべきであろうが、善意がなければ人は叱りもしないし 殴りもしない。どうでもよいことで人を殴るのは暴力かもしれないが客観的に見て、ただ暴力とか制裁のみを取り上げすぎる傾向がある。

 石の飛んで来る暴風下で頭をぼんやり出す部下を殴りもせず注意もしない人がリーダーになってよいものだろうか。防衛庁も段々変な人が多くなる。




部 下 の 教 育


植木の論法

 山で一人前に育った木が庭に移されると添え木を立てる。新しい隊員、新着任の隊員にもそれに似た現象はある。部隊には部隊の伝統もあり庭もある。 一見一人前に育った人間にも環境の相違に戸惑い死活することがある。そこに添え木の論法は考えられないだろうか。

 根が安定し枝が新芽を吹くまで添え木(すなわち強制による指導)が必要になってくる。何も自由を束縛する意志はないが、育てる為の手段と考える 必要があり、またそれを実行に移すことが部下のためになると判断すれば、やらぬで放任するよりよほど得だと知ってもらいたい。



厳しく躾よ

 基本だけは「きびしく」躾てもらいたい。若い幹部は何も知らないものだ。それだけに年寄りより楽しみがある。だが、指導する側に、何を「きびしく」か解って いない場合があるので書いてみる。

 それは、行動的なエネルギーと、正を正とし邪を邪とする本能だけと思ってよい。意見を聞き、思案の甘さを指摘し、本を読ませる。次は行動の源泉である 体力の練磨を計らせる。また、体育を通じて指導とは何かを知らせる。この2点だけを注意すれば、随分幹の大きい木が育つと考えるが、これも中堅リーダーが サボりがちな点だと思う。

 幹部とは速記屋でもなければリコピー屋でもない。



リーダーと御用聞き

 部下を持つと当然のことながら、部下の意見を聞き不平を聞いて善処しようと努力するが、御用聞きなら意味は無い。意見を聞く側に、整然とした理念と 指導性を持つことが重要である。御用聞きには部下の不満がつきまとう。お店の番頭に顧客が不満をぶちまけると同じような心理が働くからではなかろうか。

 リーダーならリーダーらしく、聞いた意見の是非を正し、やって出来ることは迅速に処理すべきであろう。

 隊員は、ときに「外出の回数を増してくれ」という。なぜ当直すべきかくらいはちゃんと教えてもらいたい。



伝声管

 上司からの指示がある。部下にそれを伝達する。部下からの意見具申が出される。たいした勉強もせず、研究も忘れ、ただ伝えることのみの無用な仲介者が あまりにも多すぎる。

 自衛隊には管理者(仲介者)はいても、リーダー(経営者)はいないと若い人からよく聞くが、これはリーダーである人が若いときから自己修養が足りないから ではなかろうか。ただ何となく取り次いでいる間に進級し指導的な立場に立ってあわててみても始まらない。特に取次ぎ屋くらいの人間が不関旗等あげて 月給をいただけるのは官僚以外にはいないと思うが、どうしたことか。



常識的な処理

 支援に必要な人数が何人・・・・。これは仕事でよく聞く話だが、常識的には、日常の生活その他の支援は、4対1または3対1と考える。なぜなら、夫婦に 子供2人くらいでは女中を雇っている人達がいないから。夫婦に子供3人くらいの家族では女房が全ての支援をやるものだ。掃除、飯炊きから着ることまで。

 その常識が通じないのが官僚だ。20人も何かをやれば、支援要員が必ず7、8名はいる。しかも要員の必要性について、半月くらいは平気で会議する。 ばかばかしくってそんな会議に出たこと無い。

 「俺は暇だ」とうそぶいて20年暮らしたが、やることだけはやったつもりだ。



常識的であること

 経費について、想像または山勘でものを判断しようとする癖がある。消耗品の年間購入計画に例をとる。「補給班長、年間の購入計画は?」 「さあ、大体○○○万円也」「根拠は?」「他の部隊で○○○万円也」「去年の実績は?」「○○○万円也」。私は次のように答えたい。 常識で判断すれば解るだろう。「君の家では年間いくらくらいの消耗品を使っているか?」「約2万円くらいです」「では部隊は約1,000名いるから 5人1家族として200軒分あればよいなあ」。

 とにかく常識的であってもらいたいね。発想の原点において。



倉庫員

 航空部隊の保管品目は大体1万5千前後と想像する。そして普通の補給隊には約30名の倉庫員が勤務する。もちろん、管理アイテムは未だ多いだろう。 そこで電算機も登場するが、基本的なことが解っていない。一人わずか500の保管品目で満足に現物も知らない。

 私は自分の家の保管品目をテェックする。杯から茶碗、シャツからパンツまで、恐らく2000アイテムはあるであろうが、女房は要修理、新品、補給の必要性、 要洗濯まで一人全部知っている。

 プロならそれくらいの倉庫員にはなってもらいたい。1日の仕事はそれなのだから。また、リーダーもそんな教育くらいはしてはどうか。



日本的発想

 反米派でもなければ拝米派でもない。でも、考えながら行動したつもりである。幸か不幸か、自衛隊生活の約半分を米軍基地で暮らしてきた。 曰く「米軍は勝手だ」特に何らの識見もない人達から聞くことが多い。自衛隊員なら、安保条約の何であるかくらいは知っておいてもらいたい。

 私には、「反米」を叫ぶ人達が、同僚か部下への烏合としか受け取られない。もっと大人になって、世界に通用する人になってもらいたい。言うべきは言い、 聞くべきは聞き、対手の身になって自分も考える余裕の無い人を、世界の人は尊敬すまい。



パーティ

 出るのが嫌い。着物が気になる。どうして、同じような女房を持った人がこんなに多いのか。勉強もしない、対話もない人生でよいのなら別だが。 格好だけなら誰でもまねくらいはすぐできる。よく考えてごらんなさい。毛沢東もホーチミンも、彼等なりの服装で外交をやり国賓をもてなす道を知っている。 また、他人もそれを尊敬している。

 誠意ないパーティなら顔つなぎでよい。しかし、どの場合も、ホストであるかゲストであるかを自分自身考えて出席するということである。

 つくづく解ってないなあと思う。



設計屋は誰か

 一応の型が出来ている部隊に着任する。前艦続行のまじめな人も、新しい発想で仕事をする人も、結果は大して変らない。それは本人にも責任はあるが、 路線そのものがより経済的に、より運用しやすく敷かれているかいないかということだと考える。路線の変更は指揮官だが、路線の設計と工事の担当は 幕僚であり幹部であるという認識が極めて少ないものである。

 先にも書いた通り、決断は指揮官の責任であるが、設計までするには時間的な余裕が無い。ここに幕僚という無人格の設計屋が必要となってくる。



原価意識

 お金は物の価値を判断する場合の道具であり、昔から物々交換の尺度として単位を決め計算し、価値を数字という簡単な方法で知ろうとする人間の 「叡知」である。ところがどうだろう。これはいくらかかったか。例えばGCA「さあ」「約2億だよ」「ほう」と来る。全く無責任な話ではないか。 だからダウンが続いても知らぬ顔となる。

 ちなみに2億の金利はいくらだろうか。少なくとも7万はかかるくらいのことは知っておいてもらいたい。

 3人の人達を1日使えば少なくとも3万の価値ある事は成就せねば、税金の無駄使いと言われても仕方あるまい。



費用対効果

 我々のやっていることをお金で計算できないものだろうか。訓練−費用−効果、全てお金という代替物で評価したいものだ。曰く、錬度が上がった。 いくら上がったか?、計算できる筋のものでもないし、最初から計算しようとしないのではないか。だから1機の航空機のパーキングくらいに 10名近い人が出てくるのだ。教官の数と学生の数が同じくらいである。

 学校が多すぎる。教官は数ではなくて質と考える。何とかプレジデンス・レディネスなるものもお金で測定すれば解りやすいと思うのだが。



決心の連続

 若い時、部下に何かを頼まれる。あるいは状勢判断を必要とすることが起こる。まず、分隊士は分隊長に相談するという型をとる。もちろん、 相談するなというのではないが、これが将の位にいたるまで続く作法だろうか。自分で考え、自分で悩み、決心した結論で善処する。これくらいの ことは幹部全体真剣にやってもらいたい。

 分隊士の間は分隊長に、分隊長は隊長に、二つずつ位下の仕事を考える習慣が長い間に培われ、この習慣が身についていわゆる「能吏」と いう人達が続出する。戦は決断の連続であり、統率もまた決断の連続であるという原点に帰る時と考える。そして初めて組織が生きる。

 組織はそのポジションに人を得たときにのみ、組織としての機能を果たす。二つ下の仕事をするくらいなら、思い切って人員整理をするくらいの 決断はないものか。



経験とは何か

 防大植校長、現在の猪木校長の著物を読ませていただいた。立派な校長とつくづく頭が下がる。なぜか。例えば猪木校長にしても、 京大経済学部長から防大に来られてわずか5年。開校式の時の堂々たる人品、顔、なかなか身近に見つけられない風格である。 責任のある顔、まさしくそれと思う。10年も20年も隊員として生きてきながら、猪木先生の前で堂々国防を論ずる人が何人いるだろうか。 やはりそれは、二つ下の仕事を長年やってきた結果ではないだろうか。

 経験の長いことが自慢になるような時代ではない。今音速の時代です。



量より質へ

 量の時代は過ぎた。質への転換だと口をそろえて叫びだす。私は昔から質だけを重視した。毎年同じような選手が甲子園から巣立っていくが、 長島、金田が毎年出るであろうか。ラグビーについても同じ事と考える。20人育てて、一流の選手は2人くらいしか育たない。

 駄目な奴を無視しろとは言わないが、天性の質は重要である。常に一級品を育て、リーダーにする。これが組織には必要だから。 繰り返すようだが、二級品のリーダーが2人いるより一級品のリーダーが1人必要なのは、分隊でも隊でも同じと考える。

 まずリーダーを教育し、それから組織を拡大する。これが経済の原則です。



忙しい

 1日何回聞くだろうか「忙しい」という言葉を。必要でないおしゃべりをして、ぼんやりと暮らしながら。

 省略の限界の追及。もちろん省略には限度がある。必要な報告、必要な指示、これを整理せねばなるまいが、考えねばならないことは 自分の組織における位置付けである。自分は誰まで何を報告し、誰まで何を指示するか。良いこと、悪いこと、仕事のこと、計画のこと結果のこと、 わずかな数しかないはずだが、解らなければ、報告、指示の一覧表くらいは作ってみてはどうだろう。必ず暇になって、他の勉強もできるだろうから。



予算がない

 予算がない。金がない。さらに悪いのは見透かしのないことだ。金がなくても出来ること山ほどある。予算がないのは先のこと。お金を確保 しようという意志もなくて予算がないでは、どうにもならぬ。ここで見透かしが必要となってくる。いつごろどうなるのだろうか。見透かしは正確 なのだろうか。常に先を見て振返る。これが幹部の仕事と考える。

 お金のいらない仕事とお金のかかる仕事の組合せ。今はお金はないが、いつかはお金が取れるのかの見透かし。これがなくては業務は出来ぬ と考える。



報告要領

 資料のための資料なら書類を見ながら報告するのもよいが、行動の内容とか実施の報告を資料を見ながら実施するのはどうかと思う。

 今から実施せんとする報告を、なぜ暗記して報告できないか。また、実施して体を動かした事実について、なぜ資料が必要なのだろうか。 頭で考え、覚えていることしか実際には行動に移せないものだし、体を張って実施したもの以外では立派な成果は期し得ないのが我々の仕事と 思うが。

 どうもうわの空の仕事が多い。特に若いうちに暗記して報告をする習慣をつけなさい。



居眠り

 会議場に行く。約半数居眠りしている。教室で授業がある。約三分の一がうわの空。これは、会議の運営が下手だからとか内容が難しいとか いう以前の問題と考える。会議に必要な人材の選択を誤っているからである。

 教室にしても同じである。生徒の側にも問題はあるが、教官の質にも問題がある。私の経験では、生徒が居眠りできる先生と出来ない先生とを ちゃんと識別しているからである。眠らせる教官は既に教官としての職を放棄した人達だから、相手にしても仕方がない。

 教官よりも生徒の方が立派かな。



資産を残す

 清廉潔白でよい。また、そうあらねばならぬが、これが組織の一員となると話が違う。個人的なことは別として、部隊にいる以上部隊の資産を 蓄積して次に残すくらいの気概はあってもらいたい。立派な隊がある。数年して行ってみると汚くなっている。また、これと反対の現象も生じている。 隊長が代わり、司令が代わる。一人や二人代わっても、微動だにしない。

 資産を残す。これくらいの心がけは幹部にあってもらいたい。何となくその日暮の幹部では、海曹、海士の諸君が浮かばれぬと思うが。

 階級が上がるにつれて、次のポストを考える。そんな暇があったら、今やっていることを真剣におやりなさい。



犠牲ということ

 個人の充実、それはわかる。生活をよりよく、これもわかる。しかしながら、人は己を犠牲にせねばならぬことがある。ことを為さんとするとき、 全くの犠牲もなく出来るだろうか。毎晩のように宴会が続く。女房や子供は待ちぼうけ。これも一つの犠牲であろう。無理を言う。これも部下に対する 犠牲の強要と思うが、要は、自分も犠牲を払う覚悟で無理を言っているのかの反省である。

 世の中は、犠牲も払わず全て円満にいく程あまくはない。大人なら知っておくべきことである。

 奉仕とは、犠牲をともなうものである。



愚痴のこぼし方

 無茶を言う。冷静さを失う。変な人がいる。そんな時には愚痴をこぼせ。なぜなら、ひ弱い人のリクレーションだから。ただ、部下の前でこぼすほど 馬鹿になってもらいたくない。部下は愚痴を仕事と考えるから。

 何でもよい。愚痴とユーモアを混ぜ合わせ、楽しく愚痴ろうではないか。たまには偉い人の悪口もよい。悪口を言った以上、自分はそれ以上に なる決心と努力が必要だから。それができないなら、最初から愚痴なぞこぼすでない。みんな男なんだから。

 男は男らしく女は女らしく。ここにロマンがあると誰か言った。



まかせてくれない

 不平の一つに「まかせてくれない」という言葉がある。これは、その本人がまかせるに値しない人の証明としか思えない。仕事のこと、宴会のこと、 何でも同じ。細心の注意を払い、綿密な計画をたて、しかも適切な中間報告をしながら行動に移す。終わったら反省をする人には必ず「まかせる」 ものである。

 「まかせてくれない」という前に、「まかせるに値する人間」かどうか自分自身が反省してみる必要がある。

 恐ろしくて、「まかせてくれ」など簡単には言えない言葉と思うが。



今を正確に読むこと

 流れを正確に読むためには「今」を正確に把握する必要がある。「今」の連続である「流れ」を読もうとして「今」を忘れるばか者と言いたい。 だから適確な手が打てないのだ。

 臨機応変というが、これは「今」を読む能力に優れた人のみが使える言葉であって、決して怠慢な者が使用する言葉ではない。ただ、この言葉は、 案外「行きあたりばったり」の無能者によく使われがちである。

 言葉そのものの印象から、つくづく言葉は難しいと思う。



毛針の論法

 上級者が全て有能とは限らない。たまに運の良いめぐり合わせで偉くなった人もいる。無能な者に限って名誉欲が強く、威張りたがることは、 昔から物語にもよく出てくる。そうゆう場合は魚釣りを思い出せばよい。本当の餌と毛針を用いればどうだろう。

 まず撒餌をして毛針を用いる。計画の概要は撒餌で説明する。次は毛針を用いて、食いつきそうな感度を調べる。愈愈、本当の餌をつけて 釣り上げる。でも中には毛針に食いつく馬鹿もいるから。

 階級が下でも、部下であっても、仕事とは結構楽しいものである。



ありのままであること

 若い人が着飾っている。男でも、背の低い人は高い靴を履いて。でも私は何となく軽蔑する。なぜ、「ありのまま」ではいけないのか。所詮は 化けの皮がはがされていく。流行を追うなというのではないが、流行お仕掛け人に踊らされているサルまねでは、心ある人は信じてくれない と思うが。

 隊員にもこれと同じようなことがある。流行のサルまねして意気揚揚と外出するような隊員は、要注意と思って間違いない。

 がんこと言われるかもしれないが、未だに武士の根性は生きている。



名人になること

 一芸に秀でた人は貫禄がある。歌手でも相撲取りでもそれなりの風格を持っている。隊員の場合でもそれは言える。彼は柔道は抜群、彼は 水泳は抜群と。こんな人に悪い人はいないのに、雑用くらいしか命じ得ない幹部がなぜそれをスポイルしようとするのか、私には解らない。

 曰く、仕事があるから。どうせ大した仕事はしないリーダーに限ってこれを言う。何とか一人一人を名人にするための支援くらいはやったらどうだ と言いたくなる。ラグビーでも、一人くらいが負傷して欠場しても、強いチームは強いのだから。



長所を見つけよ

 型にはまる。一定の水準に達する。部下達も仕事に慣れる。それからマンネリになる。大体同じようなパターンを繰り返す。そこで提案だが、 自分の持った部下の長所は何だろう。一人一人違った長所を持っているに違いない。

 スポーツの上手な人、絵のうまい人、数え切れない程の人材はいる。また、それを部隊の為に生かす道は極めて多い。何とか一人一人の 長所の発掘に努力することがリーダーの仕事の大部分と思うが、馬鹿な会議の連続でその暇もないというのだろうが。

 案外と、人の短所は知っていても長所に気のつかないリーダーがあまり多いから。



真言せよ

 烏合するな。リーダーは馬鹿な奴をおだてて使う。そんなことではレベルは下がる。また立派な者の錬度も下がる。一度は黙って見過ごすもよい。 これにもおのずから限度はあるが、二度目は「はっきり」指摘せよ。良いは良い、悪いは悪いと。これが出来なければ、リーダーではない。

 多くの人の目は正確だから、正邪の別は明確にせよ。案外、叱られた方も素直に受け取るものである。まして隊員は、組織に飛び込み何とか 自分を磨こうとする若者達だから。

 はっきり言ってやれ、良し悪しを。



環境整備

  「桃季物言わずとも下自ら経を為す」という言葉がある。日本の昔のリーダーはこれでよかった。なぜならば、その社会なり交友の範囲が 狭かったから。ところが今はどうだろう。社会と交友、組織と統率の範囲は極めて広範囲になっている。こんなところで昔の方式は必ずしも良いとは 言えなくなっている。

 部下の不平、その中には指示の不足、説明の不十分に起因するものが大部分であり、「物言わず」方式では済まされぬ状況になっている。 何としても説明は必要であり、その前に説明を聞き入れる環境の整備も必要である。

 日本語の環境整備は芝刈りに受け取られがちであるが、もっと精神的な環境の整備に配慮することが優先すると考える。



「御願い」型の幹部

 「自信のない」「御願い」型の命令を出す幹部をよく見かけるが、何ともなさけない。善良であることはわかるし、どうも年長の部下だからという 配慮もわかるが、基本的に他人のことばかり考えてしかも自己のやるべき仕事の重要性を忘れている。

 自分自身が部下をリードし仕事を遂行するんだという気概があれば、決して「御願い」型の幹部にならないと考える。しかも曹士の諸君は 「御願い」型の幹部を決して尊敬はしていないという所見が大部分であるということも知ってもらいたい。

 特に若い幹部には身についた貫禄などあろうはずはない。「御願い」しても「明確に指示」しても結果は同じであろうが。「強引にわが道をいく」 の気概もなかったら何が残るのだろうか。自分の仕事の意義を、もっともっと勉強する必要がある。



不必要な作業員

 一つの作業を実施する。何となく作業員を請求する。もちろん正確な作業工程なり必要員数を計算したわけではない。ただ漠然と請求し、 人を集める。作業をやるための割り当てをやる。ある人は道具を借りにいく。事前の準備が不足しているので借りた機械は動かない。 こんな経験のある若い幹部はいるだろう。昔から段取り八分ということがある。なぜもっと事前の準備をしないのだろうか。せっかく集めた 作業員は何もせずに解散となる。事前の準備なり計画なりを綿密にせず、ただ人を集める癖がある。こんなことでは士気が下がりやる気をなくす。

 部下が悪いのではなく、作業を計画する若い幹部の努力が不足していると思えてならぬ。



調整役に人材を投入せよ

 運動会がある。一週間前から準備するが、何となく不安でならない。なぜだろうか。それは、全体を見ながら仕事を細分化しすぎて調整役の やるべき仕事が明確でないからではなかろうか。進行係、賞品係、場内整備その他諸々お互いに仕事の範囲を決めるのはよいとしても調整役が 駄目だから何となくスムーズでない。みんなで仕事する場合、そのパートパートに有能な人を置く配慮はするが、最も優秀な人を調整役にする 配慮がないためではなかろうか。

 組織の潤滑油となり得る人は仲々いないと思うが、組織で仕事をする以上誰が全体を統制し調整するか問題である。

 どうも自衛隊では調整役とは単なる調整をするだけか、あるいは祭り上げられた委員長に過ぎないと思う。



プロとは何か

 「プロ意識に徹せよ」と言う。「プロとは何か」本当に考えたことがあるだろうか。私はプロとは少なくとも同じ仕事を3,000〜5,000時間以上 努力した人が最低のプロと考える。もちろん優秀な人もいれば愚鈍な人もいる。例を挙げよう。飛行機乗りならわかるだろう。3,000時間以上 飛んだ人なら大体どんな機種に転換してもスマートにいく。それは技量が身体にしみついているから。もちろん鈍い人は5,000時間も必要だが。

 語学の勉強でも柔道でも何でも同じと考える。毎日3〜4時間勉強して3年もやれば英語も一人前になれるはずだし、体さえよければ 柔道だって5段にはなれると思う。

 せっかく自衛隊で勤務するなら、何か一つくらいは最低のプロになる気持でやってもらいたい。2時間くらいしか努力しないなら5年は必要だけど、 是非お勧めしたい。



身上把握と身上調書

 新しい隊員が着任する。申告する。身上調書を書く。私は何となく身上調書の書き方に問題があると思う。着任者に紙を渡す。ただ書き込んで ファイルする。これでは身上把握も出来ない相談と受け取れる。なぜ先任海曹なり分隊先任が書いてやらぬのだろうか。質問しながら書いてやる。 例えば本籍、両親の職業、趣味、前歴その他、十分に観察しながら書いてやる。これくらいの知恵はあってもらいたい。なぜなら、着任した 日からその人は部下になるのだから。

 2週間も経ってから、○○君はまだ着任して日が浅いのでなぜ帰隊時刻に遅れたか解りません。こんな返答が果たして言える言葉であろうか。 身上調書を書きながら本人の特徴、癖くらいは解るはずである。しかも服装その他からどうも変だと思ったら、分隊士に相談し、 それでも解らなければ前の勤務地に聞いてみる。これくらいの親切心はあってもらいたい。

 若い幹部は自分の隊の先任海曹にどんな教育をしているのだろうか。



明朗と言う

 明朗な隊風の育成とは何か。笑顔で勤務するとは何か。組織における明朗とは、常に公平原則の上に立つものである。平等である必要はないが、 階級に応じた仕事を課し、能力に応じた仕事をさせる。これが公平の原則と思う。

 働く人は人の倍も仕事をする。怠けるものは1日中ぶらり々。これで人間が明朗になれるだろうか。明朗な隊風の育成は指揮官にとって 至難の技であるが、何とかこれを育成せねばなるまい。

 若い幹部の一人々が人一倍働いて部下の仕事をカバーしていくなら話は別だけど、出来ないとすれば、仕事の配分、任務の与え方、 決して偏重させないくらいの配慮をしながら実施する必要がある。



職場懇談会

 自衛隊には組合はない。ややもするとリーダーがわがままになりがちである。何とかこれをカバーする方法はないだろうか。懇親会もよい。 リクレーションもよい。しかし、案外職場懇談会的な仕事中心のミーティングが少ないような気がする。

 発想はいろいろあるだろう。疑問に思っていることはないか。よりよい方法はないか。若い幹部は頭がフレッシュであるはずだ。みんなで 職場自体について研究し検討するくらいの司会者くらいになったらどうだ。

 隊長のいうことを聞いて忙しい々と一日中走り回っている幹部をよく見かけるが、「私をプランナーにして下さい」と言って来るような若い幹部を 見たことない。我々年寄りが悪いのだろうか。



当直の割当

 当直割を組む。出来上がったら回覧する。あちらこちらから文句が出る。俺は都合が悪い。なぜ俺は2回も日曜日に当たるのか・・・・。

 当直を組む方だって考えながらやっている。2ヶ月、3ヶ月の平均値を取って割当をやっている。また、主要行事の内容を検討しながら、 経験の深い人浅い人を選別しながら副長が修正する場合もあるだろう。日曜日ばかり当直に当たる人は有能か無能か自分で反省してみる必要が ある。特に正月休暇の当直割当は難しい。部隊の人数が半減する。必然的に優秀な人達を当直に割当てるから、休暇中に当直に当たったら 俺は「できる」と胸を張れ。



欲を出すな

 誰しも昇任したいだろう。クラスの連中から遅れるのはいやに違いない。しかしながら、上級者の顔色ばかり見て仕事する人、またはそれを 意識しながら仕事する人達に「エリート病」が多いような気がする。上級者のご機嫌を伺いながら書いたり消したり、やってみたり、中止したり、 これでは忙しいに決まっている。胃も悪くなれば病気にもなる。なぜもっと自分の意見を率直に述べ、仕事の筋を正し、1回ずつを確実に やらぬのだろうか。

 どうも自衛隊の幹部は転勤が多すぎてその場限りの仕事をしがちになる。1回や2回の勤務評定が悪くても大した問題ではないと思う。 一つ一つを確実にやっていれば何とか人も認めるよ。



勤務評定

 人間が人間を評定することは難しい。特に1枚の紙の上で。自衛官には評定用紙が二種類しかない。幹部と曹士の二種類である。 もっと細分化できないだろうか。もっと焦点を変えられぬだろうか。例えば、海士については現在やっていることに最重点を置いた評価方式とか、 曹については技術に重点を置いたものとか。若い幹部については潜在能力の評価に重点を置く。これが米海兵隊の方式と了解している。 もっとも、2佐、3佐については実績で評価してはどうだろう。そろそろマンネリ化してきた時には実績以外に評価することが難しいと考えるから。

 防衛庁も人材が欲しいなら、入隊した人達を適格に育てる工夫が必要である。



不満を聞く

 若い幹部の不平や不満をよく聞いた。沖縄でも、厚木でも。私の勤務した場所はどこでも。いつでも聞き役であり、聞くための門戸は常に 開いていた。ほとんどが夜であり、連日連夜も常であった。酒を飲みながら、あるいは酒も飲まずに意見に耳を傾けた。正しいこともあれば 誤解もある。私は整理しようと努力した。

 みんなまじめだから何とか現状を打破しようとする問題。部下隊員の躾の問題。政治と国防などという次元の高い問題等から便所の使用法 なそ次元の低い問題まで。

 本を読むより、自分自身で研究するより、勉強になり教えられることが多かった。まず中堅幹部の間は常に耳垢を落として聞く耳を整理して おきなさい。



対人関係

 職場の違いはいろいろある。搭乗員は飛行機に乗る。整備員は整備する。お互いの職場の尊重は大切である。どうも飛行機の具合が悪い。 電話する。何が故障の原因か解らない。会議する。そしていつのまにか会議は定例的になる。こんな方法なら誰でも出来る。問題は、 これ以前である。誠意と熱意の問題、お互いの職場尊重の問題等、型や論理で解決できぬ要因は極めて多い。ここに平常からの心がけが 必要となってくる。所詮、対人関係である。

 搭乗員と整備員の日頃からの熱心なコンタクト。お互いの職域の尊重、理解、その他。事が起こっては既に遅い。毎日々の仕事がうまく いくかいかないかは、方法や型だけでは決まらない。優先するのは連絡通報であり、よい対人関係である。



誰が何をやるか

 時事解説をやる。若い幹部が指名され勉強し、曹士の前で話をする。話す方に経験もなければ年も若い。まして、日頃は新聞などロクに読まない 連中に、ただ若い幹部の教育という美名のもとに指名する。

 聞く方は、曹士といえども40歳もいれば45歳もいる。何を話しているのか、何を聞いているのか、どちらも解らない。だから、意識調査の中で 訓育不必要論も出てくる結果となりかねない。

 もっと解りやすく、課題に応じた人物を選ぶべきではなかろうか。何を話し、何を聞かせるか、よく考えて人選してもらいたい。案外、いろいろな 経験を持った人は多いのだから。